辺野古沖・抗議船転覆事故をめぐる元教授の発言に批判噴出

浅野健一氏 ジャーナリスト・元同志社大学大学院教授

遺族へ無配慮と「反基地無罪」の歪み2026年3月に沖縄県名護市辺野古沖で発生した抗議船の転覆死亡事故をめぐり、5月に那覇市内で開かれた学習会における元大学院教授の言動が、ネット上や遺族関係者の間で激しい波紋を広げている。背景には、基地反対運動という大義名分の下で安全対策や遺族の心情が軽視される「反基地無罪」とも言える構造的課題があり、専門家の倫理や運動の本質を問う声が強まっている。

17歳女子生徒らが犠牲となった悲劇の背景

事故が発生したのは2026年3月16日。沖縄県名護市辺野古沖において、平和学習の一環として「ヘリ基地反対協議会」が運行する小型船2隻に体験乗船していた同志社国際高校の2年生らが巻き込まれ、船が転覆した。この事故により、当時17歳だった女子生徒と、船の副長を務めていた男性の計2名が尊い命を落とした。

この痛ましい事故をめぐり、現場の安全管理の甘さや運航の違法性の疑いが強まる中、さらに事態を悪化させる事案が浮上した。

元教授による「遺族発言封じ」とダブルスタンダード

5月17日、那覇市内の公民館において「人権と報道連絡会」が主催する緊急学習会が開催された。問題となったのは、同会代表世話人であり、元同志社大学院教授の浅野健一氏による発言である。

浅野氏は、事故の全容解明と真実を求めてSNS(Noteなど)で発信を続ける遺族に対し、「親子でも別人格であり、親が亡くなった娘の意思を代弁すべきではない」という趣旨の厳説を展開した。

しかし、この発言には重大な矛盾(ダブルスタンダード)があるとして、ネット上で即座に猛烈な批判が沸き起こった。 主催団体が配った告知チラシには「抗議船転覆事故乗り越え 辺野古新基地建設阻止を強化しよう」と掲げられており、その中では「亡くなった生徒と牧師が天国で(現政権の動きを)どう見ているか考えたい」と言及されていた。つまり、「赤の他人である自分たちは、自らの政治的主張に合わせて故人の意思を都合よく推測・代弁して利用する一方で、真実を求める実の親の発言に対しては『代弁するな』と口を封じようとしている」という構図であり、これが極めて不条一で自己中心的な論理破綻であると厳しく指弾されている。

実際に、亡くなった生徒の実姉とされるSNSアカウントからも、人権や報道の専門家を自称する人物によるこうした矛盾した言説や、それによる出身大学へのバッシング波及を危惧する強い不快感が表明された。

破られた「公民館との約束」

さらに、この学習会の開催をめぐっては、事前に市民やネットユーザーから那覇市公民館に対し、「言論の自由は大切だが、亡くなった生徒の思いを勝手に推測するような講演は遺族を深く傷つける懸念がある」との申し入れがなされていた。

公民館側はこれに真摯に対応し、事前に主催者側から「亡くなった生徒に関する話はしない」との確約を取っていた。しかし、浅野氏はこの事前の約束を平然と破る形で遺族を傷つける発言に及んでおり、行政や市民との信頼関係、さらには遺族の絶望的な痛みに対する敬意を著しく欠いた行為として、火に油を注ぐ形となっている。

 「反基地無罪」の闇と外国勢力の影

今回の事案は、単なる一学者の失言に留まらず、沖縄の基地反対運動が長年抱えてきた構造的な歪みを浮き彫りにしている。

一部の運動圏においては、「基地反対」という大義名分さえ掲げれば、どんな過激な活動や非合法なやり方、安全対策の不備も肯定・正当化されてしまうという、いわゆる「反基地無罪」の風潮が存在する。事実、辺野古の抗議活動に絡む死者は、過去に海へ飛び降りて溺死した事例や、ダンプカーの前に飛び出した活動家を止めようとして巻き込まれた警備員を含め、今回の転覆事故で既に4人に達している。それでもなお、活動の危険性や安全対策がまともに検証されてこなかったのは、自らの行動を「絶対正義」とする特権意識に起因するものと言わざるを得ない。

さらに事態を複雑にしているのが、外国勢力との不透明な繋がりだ。週刊誌等の報道により、事故を起こした「ヘリ基地反対協議会」の幹部(現役の名護市議)が、中国共産党のプロパガンダ機関とされる「環球時報」の中国人記者を船に乗せ、米軍基地周辺を案内して対日工作をサポートしていた事実が発覚している。しかも、その中国人記者には安全なグラスボートを提供する一方で、日本の高校生には海上保安庁と対峙するための危険な無許可の船をあてがっていたという「格差」まで露呈した。

中国の派遣主義的な動きには沈黙し、日本の防衛力を削ぐための活動には全力で協力する。こうした二重基準を維持するグループが主導する運動が、真に「平和」や「環境」を求めているのか、強い疑問が投げかけられている。

機会主義者「オポチュニスト」の歪んだ発言と所作が波紋を広げる

独自の固い信念や一貫した哲学を持たず、その時々の状況(機会)に合わせて自分に一番都合の良い側につき、自己を絶対正義と信じ込む姿勢は、まさに「オポチュニスト(機会主義者)」の典型とも言える。

今回の浅野氏による発言は、歪んだ思想が行き着くところまで行ってしまった最悪の精神性を象徴している。自らの政治的目的のために、犠牲になった17歳の子供の命すら都合よく消費し、都合の悪い真実を語ろうとする遺族の声は「別人格」というインテリ風の言葉で弾圧する。ここには人権も報道の自由も存在しない。

私たちは、政治運動の踏み台にされそうになっている遺族の必死の訴えにしっかりと耳を傾け、誰が本当に命を大切にし、誰が命を政治の道具として消費しているのかを、冷静に見極めていく必要がある。この痛ましい事故とその裏にある闇を、決して風化させてはならない。

欧州ジャーナリスト連盟(European Federation of Journalists)会員No.JP465 N J269写真家 日本外国特派員協会メンバー会員No.TA1321(社)モナコウィークインターナショナル取材 国際ジャーナリスト 樽谷大助d.tarutani0120@gmail.com取材アシスタントKANAME YAGIHASHI取材アシスタント HINATA TARUTANI 取材アシスタントTATIANA IVANOVNA

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